県指定重要文化財

建造物

福武住宅 主屋・長屋門

主  屋

長屋門

指定年月日|平成16年3月12日指定

所在地|横  谷

所有者|個  人

備   考
福武家 湯殿・厠 町指定(昭和63年9月19日)
            その他の建物 町指定・追加(平成4年4月1日)

福武家住宅は、約1400坪(約4500㎡)の敷地面積をほこり、「主屋」、「長屋門」は江戸時代の大庄屋屋敷の構えをよく残している。

福武家は、毛利氏の家臣・對馬守元重を祖とする旧家である。代々庄屋職をつとめていたが、天保7(1836)年に大庄屋となり、嘉永2(1849)年に庭瀬藩の徒士小姓になったと伝えられている。

主屋、長屋門など主要な建物の建築年代は不明であるが、屋敷構えの格式の高さから、大庄屋になった江戸末期頃のものではないかと推測されている。とくに長屋門は小藩の門に匹敵する規模と意匠をもち、つづく周囲の土塀には銃眼が設けられており、庭瀬藩板倉家の飛び地としての意味も考えられる。

彫  刻

木造伝喜山性讃坐像

指定年月日|平成12年3月28日指定

所在地|横       谷

所有者|洞  松  寺

高さ81㎝の寄木造の頂相彫刻。胡粉地彩色で、玉眼を入れ、挿首で、内刳りを施している。室町時代中期の作と推定される。

喜山性讃は、信濃出身の曹洞宗の僧で、応永19(1412)年、備中猿掛城主・庄氏の帰依をうけ、洞松寺を開き、師恕仲天誾を勧請開山として、自らは二世となった。

本像は洞松寺本堂の後にある開山堂の正面奥壇上に、向かって左に安置されている。

木造伝恕(如)仲天誾坐像

指定年月日|平成12年28日指定

所在地|横       谷

所有者|洞  松  寺

高さ87㎝の寄木造の頂相彫刻。胡粉地彩色で、玉眼を入れ、挿首で、内刳りを施している。室町時代中期の作と推定される。

恕仲天誾(1365~1437)は、信濃出身の曹洞宗の僧で、喜山性讃の師。

本像は開山堂の正面奥壇上の喜山性讃の右に安置されていて、ほぼ同じ造りである。

なお、頂相とは禅宗の高僧の肖像画のことであるが、彫刻にも用いるようになった。

木造不空羂索観音菩薩坐像

指定年月日|平成13年3月23日指定

所在地|小       林

所有者|大  通  寺

像高は92.3㎝あり、檜材で一木造と寄木造の折衷の技法を用い、漆箔、彩色がされている。後頭部内に「康和元年(1099)八月」および「慶禅」(「清禅」)の銘文が確認され、県内唯一の不空羂索観音菩薩坐像である。

大通寺は寺伝によると天平15(743)年に高峰山の山頂に承天和尚が開創したとされ、その後、鎌倉時代初期に現地に移転し、永享11(1439)年に曹洞宗寺院として再興された。

本像の頭部は宝髻を結い、天冠台を彫り出し、その細部は紐二条の上に列弁花形を並べ、額には縦に一眼を刻み、三眼とし、上半身は裸形で、下半身に裙と腰布を着け、両腕は左右対称に各四臂をだしている。

穏やかな面相、比較的低い髻、鬢髪をまっすぐ垂れ、膝の衣文も穏やかに流麗に刻まれ、胸奥・体奥とも薄くするなど、平安時代後期の仏像の特徴がよくあらわれている。また、この時代の不空羂索観音菩薩像は全国的にも数少なく貴重である。

工芸・考古

長谷部國重 短刀 

指定年月日|昭和30年5月17日指定

所在地|矢 掛

所有者|個   人

南北朝時代初期の作とみられる。刃長27.8㎝、反り0.3㎝。平造りで、先反り気味。重ねは薄く、茎表に「長谷部國重」の銘のある名短刀。

長谷部國重は山城の刀工で、相州物の完成者である岡崎正宗の一番弟子といわれ、正宗の十哲の一人として、南北朝時代に活躍した刀工である。

古文書

洞松寺文書 43通 

指定年月日|平成16年3月12日指定

所在地|横     谷

所有者|洞  松  寺
やかげ文化センターにて保管

文安5(1448)年9月27日の「庄資冬寄進状」ほか、室町時代中期から安土桃山時代にかけての田地沽券や寄進状及び寺領関係文書が一括し、保管してある。その差出者は、備中猿掛城主庄氏の一族や、その家臣の武士らで、室町時代から安土桃山時代の備中南部を拠点とした地方武士の経済活動の一端をうかがい知ることができる。

主な文書としては、庄元資が父の駿河守の菩提を弔うため康正2(1456)年「寺領寄進状」や、庄資長の応仁2(1468)年「田地沽券」などがある。

名  勝

大通寺 庭園 

指定年月日|平成13年3月23日指定

所在地|小       林

所有者|   

広さ約460坪(約1518㎡)の石組みを中心とする池泉観賞式庭園である。第19世鐡春の時代、矢掛在住の中西源兵衛が寛政5(1793)年から文化10(1813)年にかけて築庭したものである。

本堂と書院の裏に南面し、高峰山を借景にして、三尊須弥山石組を中心に集団石組で構成されている。庭全体にわたり変化にとんだ石組は見る角度、それぞれに趣があり、山水画の墨絵を連想させ、江戸時代の禅宗庭園としての風格を備えている。

指定重要文化財マップ

【ご注意ください】非公開の重要文化財があります。洞松寺文書 43通 は、やかげ文化センターにて保管されております。